仮チラシより、床ではなく冷蔵庫の話


酢の物が食べてくなって、キュウリを買ってみた。だが面倒臭くなって、作るのはやめた。 とりあえず冷蔵庫にしまった。自炊は苦手だ――自炊が苦手な若者がキュウリ料理を作るだろうか?答えは否だ。 せいぜいキャベツかもやしが関の山だ。だって肉と焼けばとりあえずおいしいから! そもそも野菜は野菜ジュースでとればいい!(AKB48もそう言っている。)人前でサラダを買っておけば、 健康に気遣う女子としての一面は十分にのぞかせることができる。…だから、これが始まりだった。
キュウリは2本あった。1本は次の日の深夜ひもじくなったので塩をふって食べた。 浅漬けにもなっていないキュウリを丸々1本食べるのはなかなかに苦痛だ。ひもじさは収まったが、 私の中でキュウリに対する抵抗感―よそよそしさ、のようなものがうまれた。 要は食う気が失せたのだ。自分から求めて買ったものなのに、ひどく気まずい関係になってしまった…。 食傷気味になり且つ感傷的になった私はそれからというもの、冷蔵庫の残り1本のキュウリのことばかり、 考えないようにすることばかり考えていた。だが私にはキュウリ以外の日常も存在するのだ。日々はとんとんと過ぎた。 それでも折に触れて―冷蔵庫から飲み物を出し入れするときなど―目の端で確認せずにはおれなかった。
キュウリはいつもそこにあった。
弁明しておきたいのだが、私はキュウリのことをひどい目にあわせようとか思った訳ではない。 言うなれば私は、”何もしたくなかった”。いつかなんとか…いつかちゃんと食べたいと思う日が来る気がして、 私は立場・責任から逃れた。そしてその飼殺しにしたキュウリを、私はある日、つついてみた。
とけた。(終)

※劇中におそらくキュウリは登場しません。でも、キュウリのような目に合っている人合わせている人はきっといると思う。 そしてそんな人は登場します。
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